略歴
明治15年(1882)4月9日、素封家
明治39年(1906)、上海の
わが国の教育界・思想界の乱れを憂えた邦彦は、私財を投入して東京の目黒に富士見幼稚園を開いたり、郷里の佐賀に農村工芸学院を開設したほか、昭和7年(1932)に大倉精神文化研究所を開設した(昭和11年に文部省所管の財団法人として認可される)。
邦彦は、所長として研究所の運営・指導にあたり、各分野の研究者を集めて学術研究を進めるとともに、精神文化に関する内外の図書を収集して附属図書館も開設した。また、昭和12年(1937)、東洋大学学長に就任し、在任は2期6年にわたった。
昭和20年(1945)、A級戦犯容疑で巣鴨プリズンに拘禁されたが、昭和22年(1947)に嫌疑がはれて釈放され、昭和27年(1952)に研究所理事長兼所長に復帰した。
昭和33年(1958)、タゴール記念会の理事長に就任し、昭和36年(1961)には大倉洋紙店会長となり、昭和37年(1962)の皇學館大學の創立に際して学事顧問となった。昭和39年(1964)から開催された大倉山座禅会では、その指導にあたった。
略年譜
年号 | 西暦 | 記事 |
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明治15 | 1882 | 佐賀県神埼市に生まれる。 |
明治30 | 1897 | 佐賀県立佐賀中学校入学。 |
明治36 | 1903 | 東亜同文書院(上海)に入学。 |
明治39 | 1906 | 大倉洋紙商行天津出張所に入社。 |
明治45 | 1912 | 大倉文二(大倉洋紙店2代目社長)の養子となる。 |
大正7 | 1918 | 大倉洋紙店社長に就任。 |
大正8 | 1919 | 小田原製紙株式会社の社長を兼任。 |
大正13 | 1924 | 富士見幼稚園(東京都目黒区)設立。 |
大正14 | 1925 | 愛知洋紙店の社長を兼任。 |
昭和3 | 1928 | 農村工芸学院(佐賀県西郷村)設立。 |
昭和4 | 1929 | インドの詩聖タゴールを自宅に宿泊させ、親交を深める。 |
昭和5 | 1930 | 浄牧女子工芸学院(東京都久留米市)設立。 |
昭和7 | 1932 | 大倉精神文化研究所設立。 大倉製作所を創業。 |
昭和9 | 1934 | 特種製紙株式会社の社長を兼任。 |
昭和12 | 1937 | 東洋大学学長就任。 |
昭和23 | 1948 | 図書館用品販売の五輪堂を創業。 |
昭和34 | 1959 | タゴール記念会理事長に就任。 |
昭和37 | 1962 | 皇學館大学顧問に就任。 |
昭和39 | 1964 | 大倉山坐禅会を始める。 |
昭和46 | 1971 | 死去。 |
著作
大倉邦彦のおもな著作としては次のようなものがある。
- 『感想(其一)~(其十三)』大正14年(1925)~昭和12年(1937)
- 『THOUGHTS(英文対訳)』昭和10年(1935)
- 『MY THOUGHTS(英文)』ウェストミンスター社、大正15年(1926)
- 『感想』大倉山座禅会、昭和42年(1967)
- 『処世信念』千倉書房、昭和12年(1937)
- 『勤労教育の理論と方法』三省堂、昭和13年(1938)
- 『日本産業道』日本評論社、昭和14年(1939)
- 『随想 飛び石』青年書房、昭和15年(1940)7月
- 『神祇教育と訓練』神祇院教務局指導課、昭和17年(1942)
- 『大倉邦彦選集』潮文閣、昭和17年(1942)4月
- 『日本精神の具体性』目黒書店、昭和17年(1942)
- 『大東亜建設と教養』弘道館、昭和17年(1942)
- 『産霊の産業』大日本産業報国会、昭和17年(1942)
- 『臣道実践』産霊書房、昭和18年(1943)
- 『勤労世界観』明世堂、昭和19年(1944)
- 「大倉邦彦「院主書簡」-翻刻と解題-」『大倉山論集』第46輯、平成13年(2001)
- 『大倉邦彦の『感想』-魂を刻んだ随想録-』平成15年(2003)
研究文献
大倉邦彦に言及したおもな書籍としては、次のようなものがある。
- 日統社編『精神運動の使徒大倉邦彦氏』日統社、昭和8年(1933)
- 『大倉邦彦先生献呈論文集 国史論纂』大倉邦彦先生献呈論文集編纂委員会編刊、昭和17年(1942)
- 『東亜同文書院大学史』滬友会、昭和37年(1962)
- 花山信勝『平和の発見―巣鴨の生と死の記録』百華苑、昭和45年(1970)
- 『神埼町史』神埼町、昭和47年(1972)
- 特種製紙五十年史編纂委員会編『特種製紙五十年史』特種製紙、昭和51年(1976)
- 『愚禿鉄牛―伴鉄牛自伝(一)~(三)』中川鉄巌、昭和51年(1976)・昭和53年(1978)・昭和56年(1981)
- 『日本の建築 明治・大正・昭和』三省堂、昭和54年(1979)
- 『実力社長に聞く 私の人生と経営理念』産業研究所編刊、昭和54年(1979)
- 『東亜同文書院大学史―創立八十周年記念誌』滬友会、昭和57年(1982)
- 藤森照信・荒俣宏『東京路上博物誌』鹿島出版会、昭和62年(1987)
- 『大倉紙パルプ商事株式会社百年史』大倉紙パルプ商事、平成元年(1989)
- 『大倉邦彦伝』大倉精神文化研究所編刊、平成4年(1992)
- 大倉精神文化研究所編『講演集 大倉邦彦と精神文化研究所』大倉精神文化研究所、平成14年(2002)
- 『一隅会の名付け親・大倉邦彦の経営哲学』平井誠二、一隅会、平成22年(2010)
大倉邦彦に関連するおもな論文としては、次のようなものがある。
- 牟田直「大倉精神文化研究所の沿革 附年表」、『大倉山論集』第8輯、昭和35年(1960)
- 「大倉邦彦年譜」『大倉山論集』第10輯、昭和47年(1972)
- 鎌田純一「大倉邦彦―研究所の創建とその理想」『月例講話集』13(東洋のこころ 2)、大倉精神文化研究所、平成7年(1995)
- 根本教久「三空忌―創立者大倉邦彦先生を偲んで」『大倉山講演集』6、平成10年(1998)
- 平井誠二「精神文化まんだらの世界―大倉邦彦―」『月例講話集』19(心のまんだら) 、大倉精神文化研究所、平成11年(1999)
- 平井誠二「農村工芸学院と大倉邦彦」『大倉山論集』第45輯、平成12年(2000)
- 勝岡寛次訳「大倉邦彦 極東国際軍事裁判 国際検察局(IPS)尋問調書」『大倉山論集』第45輯、平成12年(2000)
- 平井誠二「陰徳を積む―大倉邦彦―」『月例講話集』20(心に刻むことば 1)、大倉精神文化研究所、平成12年(2000)
- 勝岡寛次「大倉邦彦の逮捕から釈放まで―極東国際軍事裁判・国際検察局(IPS)尋問調書の分析から―」『大倉山論集』第45輯、平成12年(2000)
- 田代武博「大倉邦彦における「行の教育」―思想的枠組みと佐賀県における実践」『大倉山論集』第46輯、平成12年(2000)
- 平井誠二・岡崎寛徳「大倉邦彦「院主書簡」―翻刻と解題―」『大倉山論集』第46輯、平成12年(2000)
- 西岡和彦「「三空」と「宇宙心」―大倉邦彦」『月例講話集』21(心に刻むことば 2)、大倉精神文化研究所、平成13年(2001)