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大倉精神文化研究所

横浜市港北区地域の研究

第208回 まちのシンボル -綱島の象徴-

2016.04.01

文章の一部を参照・引用される場合は、『わがまち港北3』(『わがまち港北』出版グループ、2020年11月)を確認の上、その書誌情報を典拠として示すようお願いいたします。


3月13日、綱島桃まつりが綱島市民の森桃の里広場で開催されました。当日は曇り空でしたが、幸い雨に見舞われることはなく、会場である桃の里広場は多くの人で賑わっていました。親から子へと継いでいけるようなお祭りが欲しいとの願いから、平成9年(1997年)に始まった桃まつりは今年で20回の節目を迎えました。綱島の桃は、戦前には岡山を抜いて日本一の収穫量を誇ったこともありましたが、現在桃農家は綱島東の池谷家(いけのやけ)のみとなっています。そして桃畑のすぐそばでは、相鉄東急直通線の新綱島駅(仮称)の工事が進んでいます。

池谷さんが開会式のご挨拶の中で、これから進んで行く綱島の新しいまちづくりに触れながら「桃作り・桃の文化は、これに共感してくれる方の協力がないと続けていくことが出来ないものであり、これが新しいまちのエッセンスになるはずだと確信している」との主旨のお話をされたのが、筆者にはとても印象的でした。

桃は綱島の歴史的なシンボルとして、今もまちづくりや地域振興に活かされています。また鶴見川や温泉なども同様に、綱島地域の歴史と切っても切り離せないまちの象徴といえるでしょう。

さて、綱島には文化のシンボルとして地域から新たに生み出されたものがあります。それは彫刻です。綱島の商店街は「水と花と彫刻文化のある街」をコンセプトとして掲げています。自然の象徴である水と花に対して、彫刻は綱島の文化の象徴として、まちの重要な要素となっているようです。綱島の彫刻はパデュ通りがあるモール商店街を中心として、12点が設置されています。

綱島モール商店街周辺は、かつて温泉旅館街でした。しかし交通網の発達に自動車の普及、レジャーの多様化などもあり、旅館街は衰退の道を辿っていきます。その後、旅館街は地域生活に密着した商業地区を目指す新しいまちづくりの中で、モール商店街として生まれ変わることとなりました。モールは、遊歩道や、歩行者専用区域を設けた商店の通りという意味です。

この新しいモールの建設にあたって、再開発協議会や商店会では昭和55年(1980年)に、シンボルとして彫刻を設置することを決めます。その後、地元役員や専門家、横浜市職員らをメンバーとする「綱島彫刻設置委員会」が組織されます。「綱島に文化の香りと息吹を」を合言葉に彫刻についての勉強や市内外への野外彫刻の視察なども行い、この場所にふさわしい彫刻はどういうものか、真剣に討議が重ねられました。そしてその結果、昭和57年(1982年)12月に、一色邦彦(いっしきくにひこ)氏に作品の制作を依頼することとなります。それから彫刻名称の募集や制作者の一色邦彦氏の作品展等の催しを経た後、昭和58年(1983年)10月8日、彫刻の除幕式が行われました。イトーヨーカドーの正面、パデュ中央広場に設置されている「舞い降りた愛の神話」がその彫刻です。

この彫刻設置と台座の制作に携わった建築家の三沢浩(みさわひろし)氏は、彫刻が置かれた中央広場を「楽しく歩け、坐れ、語れる」、直線上の長いモールの核というべきものと述べています。また、当時の横浜市の都市計画局長佐藤安平(さとうやすへい)氏は「綱島に設置された彫刻のまわりに人びとが集い、語らい、そして綱島の誇りとなり、多くの人々に末永く愛され、すばらしい文化が育つことを願うものであります」と記しています。現在そのまわりには人ではなく自転車が並んでいるのがちょっと残念ですが、関係者のそうした熱い思いの中で誕生した広場と彫刻であることを、心に留めて置きたいものです。

現在、彫刻は12点設置されていますが、全ての彫刻が一度に置かれた訳ではありません。そのうちの4点は第3回横浜彫刻展(ヨコハマビエンナーレ'93)で奨励賞を受賞した作品です。横浜彫刻展は横浜市が「文化的環境づくり」「魅力のある街づくり」の一環として実施した野外彫刻展です。あらかじめ設置する地域を決めて作品を募集し、優秀な作品を市内各所に設置しました。第3回横浜彫刻展は設置地域を鶴見区として作品を募集しており、入選作品15点のうち、11点は鶴見区に設置されましたが、奨励賞の4点は綱島モール商店会が購入して設置したそうです。

野外彫刻は、横浜彫刻展のように行政が進めるまちづくりの一環として設置されたケースもありますが、綱島の彫刻設置は地域が主体となって進められたことも1 つの特色となっています。

綱島では、4月2日に綱島公園桜まつり、9日には鶴見川の河川敷で菜の花まつりがあります。お祭りへ向かう道すがらや帰り道、ちょっと寄り道して綱島の彫刻文化に触れてみてはいかがでしょうか。

記:林 宏美(公益財団法人大倉精神文化研究所研究員)

(2016年4月号)

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