第46回 タマちゃんと鶴見川の生き物たち
- 2002.10.01
文章の一部を参照・引用される場合は、『わがまち港北』(『わがまち港北』出版グループ、2009年7月)を確認の上、その書誌情報を典拠として示すようお願いいたします。
2002年(平成14)8月26日から30日にかけて鶴見川(つるみがわ)に現れたアゴヒゲアザラシのタマちゃんは、マスコミに大々的に取り上げられて、全国的な人気者になりました。しかし、筆者にはどうにも納得できないことがあります。「少年あしべ」のゴマちゃんのように可愛いので人気者になるのは分かりますが、マスコミ報道が鶴見川の汚いこととタマちゃんの保護が必要ではないかということに限定されていますし、関係各所の過敏なまでの対応もタマちゃんにだけ集中しているような気がするのです。
タマちゃんは、当初鷹野大橋(たかのおおはし)付近で発見され、その後潮(しお)に乗って樽綱橋(たるつなばし)、大綱橋(おおつなばし)へと上ってきました。東横線綱島駅にほど近い大綱橋周辺には、タマちゃんを一目見ようと連日多くの人々が集まりました。報道されることは無かったようですし、見学者の多くも気が付かなかったと思いますが、この大綱橋の脇には「ピーチ花壇」、袂(たもと)にはバリケンの棲(す)む「バリケン島ビオトープ」があります。どちらも、地域の人達が、鶴見川を管理する国土交通省京浜工事事務所の協力を得て、大切に世話をしています。
バリケンは、ガンカモ科の家禽(かきん)でアヒルに似た鳥です。飼育されていたのが捨てられて、野生化してここに棲(す)み着いたのだそうです。バリケン島は、アシが茂る川辺の湿地で満潮(まんちょう)になると島になります。ここには水辺の様々な生き物が棲息(せいそく)し、生態系を形成しており、「ビオトープ」(生き物の場所)として保護されています。
さて、タマちゃんは、潮が上る上限の新羽橋(にっぱばし)付近まで行きましたが、その少し上流の亀甲橋(かめのこばし)付近には、ヨコハマナガゴミムシが棲息しています。ヨコハマナガゴミムシ(学名Pterostichus yokohama)は、1967年(昭和42)に鶴見川河川敷(かせんしき)で初めて発見され、79年(昭和54)に新種として登録されたオサムシ科の昆虫(こんちゅう)です。世界中で亀甲橋周辺の数百メートルの地域にしか棲息しておらず、絶滅危惧種(ぜつめつきぐしゅ)に指定されています。このすぐ近くに横浜環状北線道路の新横浜出入口が建設されることから、現在、棲息状況調査や保全対策が検討されています。
かつて鶴見川流域は、鷹場(たかば、第14回参照)に指定されていたほど渡り鳥の宝庫で、豊かな自然に恵まれていました。現在でも様々な鳥が棲息していることは、臼井義幸(うすいよしゆき)著『新横浜鳥物語』(ウェルパス、2001年)を読むとよく分かります。様々な魚も棲息していますし、アユも溯上(そじょう)してきます。
マスコミ報道では、鶴見川が全国ワースト三にランクされる汚(きたな)い川であり、タマちゃんが汚染死せんばかりの過熱報道が繰り返されましたが、鶴見川流域の生態系や、そこに棲む様々な生き物については何ら触れられることはありませんでした。タマちゃん報道を否定するものではありませんが、その関心の一端を現存する生態系の保護にも向けてもらえたら、と思ったのは筆者だけでしょうか。
しかし、鶴見川が汚れているのも事実です。その汚染の原因は、家庭雑排水(ざっぱいすい)がその80パーセントを占めています。どこか他所(よそ)で汚しているのではなく、流域住民の私たちが鶴見川を汚しているのです。2004年度を目標に「鶴見川流域水マスタープラン」の策定も進められています。今回の騒動が鶴見川を見直すきっかけになれば幸いです。
記:平井 誠二(大倉精神文化研究所専任研究員)
(2002年10月号)
- 【付記1】 京浜工事事務所は、2003年(平成15)4月に京浜河川事務所へと改称しました。
- 【付記2】 『TRネット通信』第25号によると、バリケンは世代を重ねて3代目になるそうで、2006年1月に3代目の死亡が確認されました。なお遺体は、京浜河川事務所の許可を得て、カニ島に埋葬されたそうです。