第73回 祝!文化財が増えました
- 2005.01.01
文章の一部を参照・引用される場合は、『わがまち港北』(『わがまち港北』出版グループ、2009年7月)を確認の上、その書誌情報を典拠として示すようお願いいたします。
明けましておめでとうございます。7年ぶりに港北区内の文化財が増えましたのでお知らせします。
1949年(昭和24)1月26日、法隆寺金堂(ほうりゅうじこんどう)が炎上し、国宝十二面壁画が焼失しました。この事件を契機として、翌1950年(昭和25)に文化財保護法が制定されました。そして、1987年(昭和62)12月には、横浜の地域的特性を一層充実させるため、横浜市文化財保護条例が制定されました。それから2003年(平成15)までに、市指定文化財が122件、市登録地域文化財82件が定められています。
港北区域では、1997年(平成9)までに次の11件が指定・登録されています。
- いの池 地域史跡 市登録文化財 1988(昭63).11.1
- 天童小参抄(てんどうしょうさんしょう、下巻) 典籍 市指定文化財 1989(平元).12.25 雲松院
- 綱島古墳 史跡 市指定史跡 1989(平元).12.25
- 横浜市大倉山記念館 一般建造物 市指定文化財 1991(平3).11.1
- 飯田家住宅(主屋、表門) 一般建造物 市指定文化財 1994(平6).11.1
- 石造龍吐手水鉢 石造建造物 市指定文化財 1994(平6).11.1 本法寺
- 師岡熊野神社の筒粥 無形民俗 市指定文化財 1994(平6).11.1
- 師岡貝塚 史跡 市指定史跡 1994(平6).11.1
- 旗本笠原家の墓所 地域史跡 市登録文化財 1994(平6).11.1 雲松院
- 雲松院本堂及び山門 一般建造物 市指定文化財 1995(平7).11.1
- 西方寺本堂、山門、鐘楼 一般建造物 市指定文化財 1997(平9).11.4
その後、区内では6年間文化財指定がありませんでしたが、昨年11月5日に、「大倉精神文化研究所建設関係資料」が歴史資料として横浜市の指定文化財に加わりました(11月15日発行『横浜市報』第571号掲出)。大倉精神文化研究所では、1925年(大正14)の設立発案から現在に至る厖大(ぼうだい)な関係資料を整理保存していますが、その中から、1928~32年(昭和3~7)の研究所建設関係資料4,546点が文化財に指定されました。その主な内訳は、土地・建物・家具などの図面が455点、書簡252点、見積書・注文書・請書・請求書・領収書・納品書・会計帳簿などが3,427点、写真・映像45点などです。建物(大倉山記念館)が現存するだけでなく、こうした関係資料が全て揃っていて、施主(せしゅ、大倉邦彦)と設計者(長野宇平治)、施工業者(せこうぎょうしゃ、竹中工務店)との関係、材料、工法・施工の大要、建設費の実態が詳細に知られるのは、非常に珍しく貴重なのだそうです。
今回は、大倉精神文化研究所建設関係資料を含めて全5件が新たに指定・登録されました。横浜市歴史博物館において、1月16日(日)まで「平成16年度 横浜市指定・登録文化財展」が開催されています。
ちなみに、区内には国の重要文化財が1件(西方寺の注大般涅槃経)、県の重要文化財が2件(泉谷寺の板絵著色山桜図八面、西方寺の木造阿弥陀如来坐像)、県の天然記念物が1件(師岡熊野神社の社叢林)指定されています。
1月26日は、文化財防火デーです。貴重な文化財を二度と火災で失うことがないように、1955年(昭和30)に定められました。それから50年が経過しました。気持ちを新たにして、大切な文化財を将来へ引き継ぎましょう。
記:平井 誠二(大倉精神文化研究所専任研究員)
(2005年1月号)