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大倉精神文化研究所

横浜市港北区地域の研究

第90回 港北を舞台にした小説―その1―

2024.04.15

 先日、ある方から「港北区域を舞台にした小説はありますか?」という質問を受けました。具体的なタイトルを即答できなかったので、紙面を借りてお答えします。なお、小説ですから作品に地名が明記されていないこともあります。

 記憶をたどると、筆者は過去にいくつかの小説を紹介していました。戯曲ですが、久保栄の『日本の気象』(新潮社、1953年)は大倉山記念館の建物が舞台になっています(「わがまち港北」第45回参照)。梶山季之『夢の超特急』(光文社、1963年)は東海道新幹線の新横浜駅と新大阪駅の用地買収に伴う汚職事件を描いた小説ですが、その記述には雑誌記者だった著者が綿密な現地調査をした成果が反映された半ばドキュメンタリーな作品です(「わがまち港北」第78回参照)。本連載でも、大倉山が舞台になっている古市憲寿『ヒノマル』(文藝春秋、2022年)を74で紹介しました。

 さて、ここからは未紹介の作品ですが、筆者は歴史家なので歴史に関係した小説から始めましょう。

 まずは新羽で生涯を過ごした伊藤宏見氏(良寛会会長・沙羅短歌会主催、19362019年)の短編小説を2つ紹介しましょう。「地の声 人の夢」(『鉄砲伝来秘話 若狭姫・春菜姫物語』所収、文化書房博文社、2009年)は、アイルランドの詩人イエーツ研究者で東洋大学名誉教授でもあった氏の自伝的小説です。小机に転居してきた主人公小川松男は著者の分身で、戦後の港北地域の様子や、小机城址、佐々木高綱の愛馬イケヅキの伝説や乞食松、将軍地蔵の話などが語られています。

 伊藤宏見氏には、「妙海尼さん」という短編もあります。『多門伝八郎の長き一日』(文芸社、2014年)という赤穂事件を扱った作品集に収められている1編です。主人公の小川民次はやはり著者の分身で、大石内蔵助が辿った新羽往還の道をゆく途中の妙海尼(堀部安兵衛の妻)の亡霊に出会う話です。

 歴史小説なら、なんといっても太田道灌を主人公にした作品群を挙げなくてはなりません。ほぼ必ず道灌の小机城攻めが描かれています。横浜市立図書館の蔵書から紹介すると、童門冬二『小説太田道灌』(読売新聞社、1987年)は、太田道灌が小机攻めで詠んだとされる「小机はまず手習いの初めにて・・」という戯れ歌が、作品全体を通じて戦の度に味方を鼓舞する手段として使われています。

 他には、中川やすじ『小説太田道灌』(創栄出版、1996年)、大栗丹後『小説太田道灌』(栄光出版社、2002年)、幡大介『騎虎の将 太田道灌』(徳間書店、2018年)、真保裕一『百鬼大乱』(講談社、2023年)などがあります。大倉精神文化研究所附属図書館には、加藤美勝『【小説】太田道灌の戦国決戦』(知道出版、2017年)が納められています。これらの小説では、小机城攻めは簡略に述べるにとどまっています。

 伊東潤『叛鬼』(講談社、2012年)は、太田道灌と戦った長尾景春を主人公にした作品です。長尾景春の乱の概要や、その中で矢野兵庫助や小机城が果たした役割を知るのに適しています。

 歴史小説は昔の事を楽しく知るのに便利ですが、あくまでも小説ですから、歴史の研究書とは一線を画しています。史実の部分と創作部分があるので、混同しないようにご注意ください。

 次に現代小説を紹介したいのですが、筆者の知らない小説があるだろうと、今流行のAIに聞いてみたところ、①『みなとみらいの夜は青い』、②『綱島の四季』、③『未来の駅、綱島』、④『関内の記憶』の4作品を説明文付きで紹介してくれました。

 ①はそもそもタイトルが港北ではありませんし、説明文にも「横浜みなとみらいエリアを舞台に」と書いてありますから明らかに間違っています。④もタイトルが港北ではありませんし、川端康成の作品だとの説明が正しいなら、タイトルは『乙女の港』でしょう。

 ②と③はいかにも有りそうなタイトルですが、やはり存在しません。説明文によると、③は柞刈湯葉『横浜駅SF』(KADOKAWA、2016年)のようです。AIは、正解が分からない質問をされると、答えを創作してしまうのでしょうか。4作品全てが間違いとは、なんとも困ったものですが、もし②と③の本文をAIが創作してくれたなら、筆者としては是非とも読んでみたいです。なお、後日別のAIに質問したら、分からないとの答えでした。

 紙面がつきましたので、現代小説の紹介は次回に。(SH

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